インセンティブとは、人にある行動を起こさせるために外から示される動機づけのことです。日本語のビジネス場面では、成果に応じて支払われる報酬という狭い意味で使われます。
この記事では、インセンティブの意味をラテン語の語源からたどり、ボーナスや歩合との違い、英語 incentive の発音、可算と不可算の使い分け、後ろに続く形までを整理します。日本語と英語で指す範囲がずれている語なので、そのずれを中心に見ていきます。
インセンティブとは何か(結論)
インセンティブとは、行動を引き出すために先に用意される「ごほうび」のことです。英語の incentive も、報酬を見せることで人を動かすもの全般を指します。
Cambridge Dictionary は、報酬を差し出すことで人にある行動をとらせるもの、と説明しています。ここで大事なのは、対象が現金に限られていない点です。減税や優遇措置、表彰、昇進なども英語では incentive に入ります。
語の芯にあるのは、放っておけばその行動は起きない、という前提です。すでに自分から動く人にインセンティブは要りません。動かない相手を動かすために外側から足すもの、という位置づけの語です。
インセンティブの語源は「歌いはじめる」
incentive が英語に現れたのは15世紀初めです。後期ラテン語の incentivum にさかのぼり、もとはラテン語の形容詞 incentivus、意味は「曲の調子をつける」でした。
incentivus は incinere(奏で始める、歌い出す)の過去分詞の語幹から作られています。分解すると in-(中へ)と canere(歌う)で、canere は印欧祖語の *kan-(歌う)に行き着きます。
つまり出発点は音楽の言葉でした。合唱や合奏で最初に音を出して全体を引っ張る、あの一音です。15世紀の英語では「心を動かすもの、感情をかき立てるもの」という意味で使われていました。
さらに後期ラテン語の段階で、音が似ている incendere(火をつける)と結びついたと考えられています。この影響で「かきたてる」という熱の含みが加わりました。ミルトンはこの形容詞を「火をつける」の意味で使っています。
インセンティブが報酬を指すのは1948年から
いま日本語で使っている「成果報酬」の意味は、実はかなり新しいものです。名詞の incentive が「働きを促すための報酬」を指した記録は1948年で、incentive payment(奨励給)の省略形でした。
形容詞の incentive は1600年ごろに「刺激的な、励ますような」の意味で現れています。報酬制度を指す形容詞としての用法は1943年、アメリカの戦時経済の用語として初めて記録されました。
語そのものは600年の歴史がありますが、お金の意味になってからは80年ほどしか経っていません。古い英文で incentive を見たときは、報酬ではなく「動機、刺激」と読むほうが正しく通ります。
インセンティブとボーナス・歩合の違い
日本語ではどれも「臨時に出るお金」に見えますが、英語では出る理由と時間の向きが違います。
| 言葉 | 指しているもの | 英語 |
|---|---|---|
| インセンティブ | 行動を引き出すために先に示される条件 | incentive |
| ボーナス | 働きに対して後から上乗せされる金銭 | bonus |
| 歩合 | 売上や契約数に比例して決まる報酬 | commission |
| 報奨金 | 特定の功績にこたえて渡す金銭 | reward |
bonus は、期待していた給与とは別に、良い働きへのごほうびとして足される金額です。すでに終わった仕事に対して後ろ向きに払われます。対して incentive は、これから起こしてほしい行動に対して前もって提示されます。時間の向きが逆になっているのが、この二語のいちばん大きな差です。
インセンティブの発音とアクセント
incentive の発音は、Cambridge Dictionary でイギリス英語が /ɪnˈsen.tɪv/、アメリカ英語が /ɪnˈsen.t̬ɪv/ です。Oxford Learner’s Dictionaries は英米ともに /ɪnˈsentɪv/ を載せています。強く読むのは二音節目の sen です。
日本語の「インセンティブ」は八拍で読みますが、英語は in-SEN-tiv の三音節です。真ん中だけをはっきり鳴らし、前後は軽く流します。拍を数えて読むと、それだけで通じにくくなります。
アメリカ英語の t̬ は、母音にはさまれた t が有声化することを示す記号です。そのため「インセンディヴ」に近く聞こえます。語末の v は下唇を上の歯に当てて出す音で、「ブ」と閉じてしまうと別の語に聞こえます。
incentive は可算にも不可算にもなる
Cambridge Dictionary は incentive に [C] と [U] の両方を立てています。どちらで使うかで、指しているものが変わります。
制度や施策のように、ひとつずつ数えられるものを言うときは可算です。複数形の incentives がよく使われ、税の優遇や報奨制度を並べる文脈で出てきます。
一方、「やる気の量」として言うときは不可算になります。no incentive や little incentive のように、冠詞を付けずに使う形です。ここで an incentive にすると「ひとつの誘因」を指してしまい、意味がずれます。
incentive の後ろに続く形
この語は前置詞と不定詞の型が決まっています。型を覚えれば、そのまま文が組めます。
| 形 | 意味 | 続くもの |
|---|---|---|
| an incentive to do | ~する動機づけ | to 不定詞 |
| an incentive for 人 | ~にとっての誘因 | for+人 |
| an incentive for 事柄 | ~のための優遇 | for+名詞 |
| incentive scheme/incentive program | 報奨制度 | 複合名詞 |
人と行為の両方を出したいときは、for と to をこの順で重ねます。Oxford Learner’s Dictionaries は「人が燃料を節約する動機づけがない」という形で、for のあとに人、その後ろに to 不定詞を置いた例を示しています。
制度の名前は英と米で語が入れ替わります。Cambridge Dictionary はイギリス英語を incentive scheme、アメリカ英語を incentive program として分けています。書き分けが必要な場面では読者の地域に合わせます。
インセンティブを使った英語の例文
不可算で使う例です。The new team had no incentive to hurry.(新しいチームには急ぐ理由がなかった)。数えずに「動機がない」と言う形です。
可算で複数にする例です。The city offers tax incentives for small factories.(市は小さな工場に税の優遇を用意している)。制度を数えているので incentives になります。
for と to を重ねる例です。There is little incentive for young staff to stay.(若手が残る動機はほとんどない)。for のあとに人、to 以下に行為が来ています。
日本語のインセンティブは範囲が狭い
日本語のインセンティブは、ほぼ給与の話に限られています。「インセンティブが付く」と言えば、成果に応じた上乗せの支払いを指すのが普通です。
英語の incentive はそこまで狭くありません。表彰、昇進、休暇、規制の緩和、さらには罰を避けられることまで、行動を変えさせるものであれば incentive と呼べます。お金はその一種にすぎません。
そのため、日本語の「インセンティブ給」をそのまま incentive と訳すと、英語話者には広すぎて伝わりません。売上に連動する報酬なら commission、成果に連動する給与なら performance-based pay と言ったほうが正確に届きます。
税制や政策で使うインセンティブ
経済の記事でよく出るのが tax incentive、日本語では税制優遇です。減税や控除によって、企業や個人の行動を望ましい方向へ寄せる仕組みを指します。
Oxford Learner’s Dictionaries も、貯蓄を促すための税の優遇という形で例を示しています。政策の文脈では補助金や助成金も incentive として扱われます。
この用法では、報酬というより「誘導の道具」という色が強く出ます。誰かをほめるためではなく、社会全体の行動を動かすために置かれているからです。日本語のインセンティブからは想像しにくい使われ方なので、経済英語を読むときは注意が要ります。
インセンティブの反対語と派生語
反対の働きをするものは disincentive です。1946年に記録された語で、dis- を付けて「やる気をそぐもの」を表します。
高すぎる税や複雑すぎる手続きは、働くことへの disincentive になります。incentive とセットで、政策の効果を論じるときによく並べられます。
動詞にすると incentivize です。さらに短くした incent という形が1992年ごろにアメリカの行政用語として現れました。これは incentive から動詞を逆算して作った語で、硬い文書以外では浮きます。日常では encourage や motivate を使うほうが自然です。
インセンティブのよくある間違い
一つ目は、ボーナスとの混同です。すでに終わった働きへの上乗せは bonus、これからの行動を引き出す条件が incentive です。時間の向きで分けます。
二つ目は、後ろに動詞を続けるときの形です。an incentive to work harder のように to 不定詞でつなぐのが基本の型で、これを外すと据わりの悪い文になります。
三つ目は綴りです。発音は「セン」ですが、書くときは cen です。percent と同じ並びに見えても語源は別で、こちらは canere(歌う)から来ています。in-cen-tive と三つに割って覚えると間違えません。
インセンティブについてよくある質問
和製英語ではありません。英語の incentive をそのまま取り入れた語です。ただし日本語では報酬の意味に狭まっており、英語のように優遇措置や表彰までは含みません。
向きが違います。bonus は終わった働きに対して後から足される金額、incentive はこれから起こしてほしい行動のために先に示される条件です。同じ金額でも、示すタイミングで呼び名が変わります。
両方あります。制度や施策を数えるときは可算で incentives、やる気の量として言うときは不可算で no incentive のように冠詞を付けずに使います。
本当です。ラテン語 canere(歌う)に in-(中へ)が付いた incinere(奏で始める)から、形容詞 incentivus が作られました。合唱で最初に音を出す、という場面の語でした。
インセンティブのまとめ
インセンティブとは、行動を引き出すために外から示される動機づけのことです。15世紀初めの英語に「心を動かすもの」として現れ、語源はラテン語の「歌い出す」にさかのぼります。報酬という意味になったのは1948年で、語の歴史の中ではごく新しい層です。
英語では可算にも不可算にもなり、an incentive to do、an incentive for 人 という型で使います。日本語の「インセンティブ=歩合給」よりも指す範囲がずっと広いので、英語で書くときは commission や tax incentive と言い分けると誤解が起きません。
インセンティブの出典
incentive の定義・語源・発音は以下の英英辞典と語源辞典で確認しました。

コメント